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不死身の漢!

このサイトは私ことジョンが映画、アニメ、ゲームの批評、解説をするサイトです。

映画評論家、町山智浩という「作家」特集その①人生編 

町山智浩

 

2016年7月17日 追記:多くの文章が「町山」と呼び捨てになっていたため修正を加えました。本来は「氏」をつけなくてはならないところを申し訳ありません。

町山氏と不快に感じられた方に対してお詫びします。

 

8月1日にとうとう東宝映画『進撃の巨人」が公開されました。

脚本を担当したのは映画評論家の町山智浩さん。この人は今現在もっとも有名な、影響力のある映画評論家です。町山さんの映画評論を僕が初めて聞いたのは2011年ごろ、その時には既に映画ファンの間では有名な存在になっていました。

聞いたのは『20世紀少年 第2章 最後の希望』です。

 映画の欠点をただあげつらうのではなく、作品の根底にあるテーマを見抜き、そのうえで的確な代案を示す町山さんの頭の良さ。難しい話をわかりやすく、面白く語るトークの上手さに一気にファンになってしまいました。

それから4年、『進撃の巨人』が映画化されて、脚本が町山さんだと発表されたときは驚いたなんてものじゃありませんでした。以前からファンに「あんたが映画を作ってくれ!」と言われていた町山さんでしたが、まさか最初の映画脚本が『進撃の巨人』とは・・・。

しかし『進撃』のファンの人たちにはやはりそれほど知名度がないかもしれません。「脚本この人で大丈夫?」という声もあるかもしれないので、今回は町山智浩さんの特集をしたいと思います。
「映画本編よりも町山の解説の方が面白い」と言わしめる映画評論家はどんな人物なのでしょう?

ちなみに町山さんの解説は主にラジオやポットキャストを中心に行われていて、検索すればネット上で山のように聞くことができます。

 

町山智浩とは誰だ!? 町山さんの人生をサラッと紹介。

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幸福とは言えなかった幼少期。ヤクザな父親の存在。(幼少~10代)

町山智浩氏は1962年東京都生まれ。父は在日朝鮮人、母は日本人という家庭。(ちなみに妹は現在放送作家の町山博美)
しかしその家庭環境はとても幸福とはいえなかったようです。

町山氏の父親は戦後、米軍の通訳をする傍らでヤミ市で軍の物資を売って生活を立てるヤクザ者でした。奔放な性格でほとんど家に帰ることはなく、車と洋画を愛する遊び人だったそうです。(注1)
母親はそんな夫に愛想を尽かし、結果的に離婚。町山氏は母親についていって育てられました。
しかし母親はそんな経緯もあってか、町山氏につらく当たることがあり、子供だった彼と一緒に自殺を図ったこともあるそうです。(注2)
さらに在日の父を持つ町山氏は、学校で教師や生徒からあからさまな差別を受けることになります。

しかし父親は家を出ていく前、少年だった町山に何度も自分が見たアメリカ映画の話を面白おかしく語って聞かせました。その自由奔放な生き方もハワード・ホークス監督の監督した「暗黒街の顔役」(1932年)の登場人物に影響を受けたと、後年町山氏に話したそうです。
町山氏はそのことが自分が将来、映画評論をするきっかけを作ったことは確かだと語っています。(注3)

町山氏はこの少年時代に『ゴジラ対ヘドラ』『空飛ぶゆうれい幽霊船』などの映画を見て、大きな衝撃をうけます。これらの映画は単に迫力があるだけでなく、作り手の過激なメッセージが前面に出た映画でした。さらにデ・パルマやペキンパーの作り出す独特の映像にも町山さんは大きな感銘を受けたそうです。

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1969公開『空飛ぶゆうれい船』。実は宮崎駿がスタッフとして参加している。
このアニメは『エヴァンゲリオン』の庵野秀明にも影響を与えた。

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 世紀のトラウマ映画として名高い『ゴジラ対ヘドラ』。主題歌はもはや呪文のように頭にこびりつく。町山のオールタイムベスト5位。

 

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町山智浩のオールタイム・ベスト1 。しかし現在この映画に関して語っているのはツタヤの子冊子で特集したときしか知らない。近いうちポットキャストでやってほしい。

 

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 町山さんが「批評するときは死ぬとき」と言うほど映像的な衝撃を受けたデ・パルマ監督作品。

 

 

そしてその頃から映画館で上映する映画は勿論、テレビで放送する映画(この頃は放送コードが緩くかなり過激な映画も放送していた)をかぶりつくように見るようになりました。彼にとって現実に対する怒りや絶望も映画を見続けることで抑えることができたそうです。そうして町山氏は映画、SF、怪獣オタクとなり、映画と共に過ごすことで自分の心を慰め続けます。
「映画を見る楽しみ」は家を出てった父親が残した唯一の、しかし最大の「置き土産」でした。

 

「宝島」時代。波乱の出版社勤務とパイ投げ事件。(20代~30代)

学生時代からアルバイトで編集の仕事を手伝ってきた町山氏は20代始めの頃に宝島社にバイト兼編集デスクとして入ります。1985年(町山は23歳)に別冊宝島「ゴジラ宣言」を作りあげます。なんとこれがヒットして早々に増刷。
そのことが社内で評価されて入社を果たします。そこで編集者として数多くのベストセラー本を発行しました。
ちなみ町山氏は編集者時代に多くの作家や有名人に編集者として会っており、デビュー間もないころの宮崎哲弥や、デーモン小暮、坂東齢人、根本敬、大槻ケンジ、太田光などを担当したとのことです。特に怪獣オタクでもあり映画オタクでもあるみうらじゅんさんとは親交が深く、二人で様々な騒ぎを引き起こしたことは有名です。さらに宝島自体が当時はロック雑誌だったので様々なバンドも取材したそうです。
町山批評の最大の強みは映画、文学、漫画、音楽の膨大な知識ですが、それらはこの編集者時代の経験が生きているのです。
とにかく町山氏は宝島社内で精力的に仕事をこなし、敏腕編集者として知られるようになっていきます。

 しかしベストセラーを出していたにも関わらず、当時の町山氏は一か月13万円の給料で働き続けていて、とうとう社長に対して社員の待遇を良くするように要求。
そのことがキッカケで社長と大喧嘩になります。この時に町山さんは椅子を振り上げて社長に向かっていったとのことです(注4)

(ちなみにこの時の社長には今でも殺意があるそうです(注5)

こうして町山氏は1995年(33歳)には宝島の子会社の洋泉社へと左遷されてしまいます。そこで彼は後に「映画秘宝」の2代目編集長となる田野辺尚人氏と出会います。当時の洋泉社はほとんど売れる本が出せず、倒産寸前でした。しかし町山氏は「本当に書きたい本を書く」ということで社員をまとめあげ、様々なカルト本をまとめた『トンデモ本の世界』を発行。これがベストセラーとなり、一気に洋泉社を立て直すことに成功します。

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町山さんが編集した一冊「怪獣学入門」(1992年)。2003年の映画『ゴジラ モスラ キングギドラ大怪獣総攻撃 』はこの本に書かれた評論が元になったと言われている。

 

そして同じ年には映画オタクのための映画雑誌『映画秘宝』を創刊。この雑誌の発行に師匠でもあるみうらじゅんも大喜びし、町山氏は第3回みうらじゅん賞を授与されます。

しかしここでまた事件が起きます。

1996年(34歳)に「映画秘宝・底抜け超大作」に載った中原昌也の原稿の事実関係の間違いを、老舗の映画雑誌「キネマ旬報」の副編集長が紙面上で批判します。
もともとキネ旬に対抗意識のあった町山氏は怒り心頭。
映画秘宝のスタッフと共にキネ旬の編集部に乗り込み、副編集長の顔にシェービングクリームでできたパイをぶつけてしまいます。
ちなみこの時町山氏は「男たちの挽歌」のような黒スーツとサングラスでコスプレし、その様子を撮影までしています。編集部にのりこんでパイをぶつけるという発想は北野たけしが起こした「フライデー襲撃事件」や町山が好きだという映画「アニマルハウス」などから影響を受けたものでした。以前上司に椅子を振り上げた時もそうでしたが、町山氏の頭のなかは子供のころから映画ばかりで何も変わっておらず、行動原理も全て映画に基づいたものだったのです。(注6)

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町山さんの引き起こした「キネ旬パイ投げ事件」に大きな影響を与えたと言われる映画。大学ヒエラルキーの最下層のボンクラ学生がエリートたちに復讐を果たすというストーリー。なるほど納得。

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本人たちはシャレで済ませるつもりだったようですが当然そうもいかず、「キネマ旬報」は弁護士を通じて洋泉社に抗議を入れ、町山氏は責任を取る形で依願退職する運びとなってしまいました。

しかしこの事件はその後、出版会で伝説となり、町山氏は帰国するたびにインタビューで「パイ投げ事件についてですが・・・」と聞かれることになります。

 

無職の苦しい時代から、アメリカ在住の映画評論家へ。(30代~40代)

町山さんは「キネ旬パイ投げ」事件の頃には既に結婚していました。相手は宝島に入社する際に研修で出会った女性です。(注7)
ちなみにその女性の前に真剣に交際していた別の女性もいましたが、その彼女とのSEX中(それも69のプレイ中)に別の男が乱入し、彼女の浮気が発覚。分かれる羽目になり、しかもその相手の男とは町山氏の2年先輩で、後にフリーライターとして活躍する業界人でした。(一応実名はふせますがネットで検索すればわかります)これが町山に大きなトラウマを与えることになるのは、また別の話です。

 それはともかくキネ旬事件によって仕事を無くした町山氏は、妻がアメリカで仕事を始めることをきっかけに、夫婦で渡米します。
妻の仕事の関係でコロラド、カルフォルニアと各地を転々としますが、その中で町山氏はアメリカの映画学校に通うなどして、改めて映画の勉強を始めました。

ですがここでもまた町山氏を試練が襲います。

アメリカに在住したのは良いものの、そこで仕事がさっぱりと無くなってしまったのです。
そしてそのことが理由で町山氏と妻との関係は急速に冷え込んでいくことになります。
そのことはTBSラジオ「キラキラ」の映画『ブルー・バレンタイン』紹介の時に詳しく語られていますが(注8)、町山氏と奥さんは寝室を一年間別々にするほど仲が険悪になったそうです。


町山さんの苦しい時代の一端が聞けるポットキャスト。


奥さんは一流企業に就職して成功、その一方で仕事が見つからない町山氏は家で生まれたばかりの娘の世話をしたり、家事をしたり、相変わらず映画を見続けたりして過ごしました。
町山氏の奥さんは家に帰ってくるたびに、どうでもいいバカ映画を観たり、ゲームをやってる夫を見てうんざりしていたと言われています。(というか町山さん本人がそう言っている)
町山氏自身もどんどんと自信を無くし、さらに追い打ちとばかりに彼の母親が事業に失敗し、多額の借金を抱える羽目に。これも町山夫婦の間にある溝をより深くしたのは想像にむずかしくありません。(注9)
夫婦の不仲や仕事がない状況の中で、町山氏は気が狂わんばかりに苦しむことになります。


The Black Gestapo 1975 - Trailer - YouTube
ちなみにアメリカに来たばかりの頃、町山さんが見ていたという映画の一例。70年代のプラックスプロイテーション映画『ブラック・ゲシュタポ』。カンフーシーンが最高とのこと(注10)。
これを普通の奥さんに理解してもらうのは難しい。

 

町山氏はその後、執筆活動に勤しみ、 アメリカを転々としながらそこで観たテレビ番組を紹介した『アメリカ横断TVガイド』や『2001年宇宙の旅』などの60、70年代のアメリカ映画を詳しく解説した『映画の見方がわかる本』などを出版して、映画評論家として再出発を図ります。こうしてようやく仕事をつかみ、奥さんとの仲も次第に修復されていきました。

それからは仕事も順調に進み、「TVブロス」「週刊文春」などでコラムを連載し、その好評をうけてTBSラジオ「コラムの花道」でコラムを担当することになり、現在も続くTBSラジオでの人気コラムニストとして地位をこの頃に築いていきました。

 しかし全てが順調に向かっているように見えるこの頃、また別の問題が町山には発生していました。イラク戦争の勃発です。

 

 

イラク戦争、唐沢俊一、勝谷雅彦、上杉隆・・・町山の怒りが燃え上がる!

2003年にブッシュ政権が始めたこの戦争は町山智浩の怒りを爆発させます。なぜここまで激しい怒りに燃えたのか確かなことは言えませんが、町山氏は2000年に出した『アメリカ横断TVガイド』の中でアメリカという国のトンデモぶりを笑いながら、「それでも日本よりは良い。僕は好きだ」と書いています。
おそらくは宝島社での社長との確執、パイ投げ事件の騒ぎなどで日本の社会に打ちのめされ、町山氏は日本という国そのものに疲れたのでしょう。そして渡ってきたアメリカに新しい希望を抱いていたのです。
サブカル者である町山氏には人間も社会も窮屈な日本よりも、まだ開放的なアメリカのほうが良かったのです。
しかし2001年に同時多発テロが発生。そこから怒涛のようにアメリカ社会は対テロ戦争に突入し、愛国主義の暴走、国民監視の強化、宗教右翼の台頭、ヘイトの蔓延へと突き進んでいきます。
本を出したとはいえ、まだほとんど職無し。この戦争が作り出した空気がどん底から出たばかりの町山氏の精神にどれほどの影響を与えたかは知る由もありません。

それはともかく当時アメリカ内外で多くの人間が怒り、反戦活動をしたように町山氏も明確にイラク戦争とブッシュ政権に反対、そしてブッシュ政権とそれを擁護する人物をブログやラジオ、そしてポットキャスト上で批判しました。当時の「コラムの花道」を聞くと、多くの回の内容がブッシュ政権批判で占められ、ほとんど政治の話しかしていません。ちなみに町山さんのコラムは映画紹介のコーナーでした。(これは間違い、実際は映画中心のアメリカの時事コラムコーナーでした)




宮崎駿作品『千と千尋』の評論だが、なんとイラク戦争に反対するデモの中継から始まる。

 

決壊したダムのような町山智浩の怒りは映画評論の内容にも波及し、この頃に更新されたポットキャストの多くはほとんど放送不能な言葉で埋め尽くされています。さらにブログ上で数多くの有名人を攻撃、もしくはツイッター上で論戦を繰り広げます。以下はwikpediaからの引用です。

  • 週刊現代』の連載を打ち切られた後に同誌に江原啓之の新連載が始まったことに腹を立て、「霊能力があるんだったら、オレを呪い殺してみろ、このデブ!」と江原を口汚く罵った。
  • 唐沢俊一の『新・UFO入門』盗用事件以来、ブログでたびたび唐沢を非難している。また、盗用を事実上黙認していると学会に対しても同様である。と学会初期の『トンデモ本の世界』と『トンデモ本の逆襲』は町山の手による編集で責任を感じているという。
  • 大寺眞輔に嫌われている。キネマ旬報の連載の打ち合わせの席でパイ投げ事件の顛末を鋭く批判された。自身のTwitter上では映画評論家不要論、サバンナ高橋などの話題に、町山批判を絡ませている他、長期間にわたってブログ上で町山批判や当てこすりを繰り広げた。それに対し珍しく町山は沈黙を貫いている。
  • 2011年5月、ジャーナリストの日垣隆とTwitter上で論戦を繰り広げたが、日垣側の沈黙により終息した。

    この他、町山が出演するTBSラジオ「ストリーム」の曜日違いのコラムニストであった勝谷誠彦に対して、「朝鮮人、中国人の悪口ばかり言ってる差別的な奴」として「朝鮮人や中国人と一緒に住ませれば、性格も治るんじゃないの」と発言し、同じ番組内のゲストを批判するということで多くのリスナーを驚かせました。


ほとんど狂人と化した町山智浩の図。この時代があるため、最近の町山さんはヌルイという人もいる。

 

更に2011年には3.11の原発の報道を巡ってジャーナリストの上杉隆氏と対立し、それが上杉隆氏の経歴詐称疑惑へと燃え広がり、ツイッターでの口論から始まった争いは最後には動画サイト上での公開討論に発展しました。

プロインタビュアーの吉田豪によれば、この性格はおそらく師匠であるみうらじゅんに由来するものです。みうらじゅんも同じように「ヌルイことしている奴」、「半端な奴」、「気取った奴」、「偉そうな奴」が大嫌いで、飲み屋で「高級な服を着ながらビートルズの曲を歌っていた」という理由だけで見ず知らずのお客さんを殴ろうとしたことがあったそうです。
このある種のサブカル魂に町山智浩は大いに影響を受けたのです。

その他、繰り返し批判している村上隆や、映画『セッション』の評価を巡って対立した菊池成孔など、喧嘩した人間は数えきれないほどいます。
吉田豪いわく、「もっとも敵に回したくない男」だそうです。

 

ネットを介してジワジワと人気が広がる。そして人気評論家に。(40代~現在)

多くの過激な言動がトラブルを起こしますが、同時にそのラジカルな魅力や痛快さ、そして映画、漫画、政治、音楽、教養と幅広い知識の豊富さが、ジワジワと町山人気を広めていきました。特に当時町山氏が一人で制作していたポットキャスト「町山智浩のモンドUSA」、輸入盤DVDショップのDVDファンタジウムの提供で制作していた「アメリカ映画特電」という無料ポットキャストは多くの映画、漫画、アニメなどの関係者が聞いていたと言われ、『進撃の巨人』の作者、諫山創も下記のブログの中で、このポットキャストに影響を受けたとはっきり語っています。

現在進行中の黒歴史 : 町山智浩と言う男がいる

そして2000年代後半になるとyoutubuやニコニコ動画で町山智浩のポットキャストやラジオを個人が映像を付けて動画にして、それがさらに拡散されていきました。
同時期にTBSラジオで映画評論を始めて好評を博していたライムスター宇多丸の「シネマハスラー」と共に、日本ではそれほどメシャーではなかった映画評論を一気に有名にしてしまったのです。

有名になってからは映画の紹介以外にも、政治のコラム、映画の字幕翻訳などで多忙を極め、今現在日本でもっとも忙しい映画評論家となり、映画界、漫画界問わず尊敬される存在となっています。

 

以上が町山智浩さんの人生です。次回は町山さんの映画評論の特徴や、その「作家性」について語りたいと思います。

次回

huzimi-no-otoko.hatenadiary.jp



注釈 参考文献。

注1 町山智浩映画ムダ話 『勝手にしやがれ』後編 88分ごろ

注2:『トラウマ映画館 (集英社文庫)』、TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウイークエンドシャッフル」2011年4月9日放送「素晴らしきトラウマ映画の世界」サタデーナイトラボ「トラウマ映画 by 町山智浩」 ‐ ニコニコ動画:GINZA


注3:Ustream.tv: ユーザー LOFTch: 「町山智浩帰国トークイベント」2010年7月28日新宿ロフトプラスワン, 最後のQ&A、2時間30分ごろ。

注4、5吉田豪の「町山智浩 公開インタビュー(前編)」 - YouTube 12分30秒ごろ

町山智浩が映画『モンスター上司/ホリブル・ボス』を語る - YouTube 17分20秒ごろ

注6:吉田豪の「町山智浩 公開インタビュー(後編)」 - YouTube 

注7:町山智浩が映画『アドベンチャーランドへようこそ』を語る - YouTube 27分30秒ごろ

注8:町山智浩 ブルーバレンタイン 恋愛の厳しい現実を描いた傑作!!「号泣した」 Blue Valentine - YouTube

注9:島田祐巳 著「映画は父を殺すためにある」あとがき

注10:同上「素晴らしきトラウマ映画の世界」

サタデーナイトラボ「トラウマ映画 by 町山智浩」 ‐ ニコニコ動画:GINZA 9分40秒ごろ

 

映画評論家 町山智浩の本。

トラウマ映画館 (集英社文庫)

トラウマ映画館 (集英社文庫)

 

ほとんど誰も見たことのない映画を紹介する映画本だが、町山智浩にトラウマを与え、人格形成をした作品を取り上げている。一種の自伝でもあるので町山ファンなら必読。 

映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで (映画秘宝COLLECTION)

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 町山智浩が映画評論家として本格的に活動を始めたころに書かれた本。『2001年宇宙の旅』には実は宇宙人が登場していた!? 必読!

映画は父を殺すためにある―通過儀礼という見方 (ちくま文庫)

映画は父を殺すためにある―通過儀礼という見方 (ちくま文庫)

 

 町山さんが批評する際によく使う「通過儀礼」について、様々な映画を通して解説した島田祐巳先生の著書。あとがきの解説は町山さんが担当。町山さんのハートロッカー評と合わせて読みたい本。

映画秘宝で連載していた「男の子映画館」の単行本化。これを見ると町山さんの映画の基本が70年代にあることが良く分かる。

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (文春文庫)

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (文春文庫)

 

 町山さんの出した中でおそらくは一番売れた本。見るとアメリカに対するイメージが変わってしまう危険あり。しかしこの本の根底にはアメリカに対する深いリスペクトがあるのだ。