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不死身の漢!

このサイトは私ことジョンが映画、アニメ、ゲームの批評、解説をするサイトです。

デヴィッド・ボウイ LarazusのPVを考察 

その他

ベスト オブ ボウイ デヴィッド・ボウイ SCD-W14-KS

今年の1月10日に亡くなったデヴィッド・ボウイ(享年69歳)。

彼が死の直前に出したアルバム『ブラックスター』は批評的にも興行的にも成功しましたが、ファンを驚かせたのは、その内容がまるで彼自身の死を予期したようなものであったことです。

★(ブラックスター)

★(ブラックスター)

 

 

特にその中の一曲『Lazarus』は歌詞の内容からPVの映像まで死の空気で満ちています。

ボウイは18か月の闘病の末に亡くなりましたが、長年彼のプロデューサーを務めたトニー・ヴィスコンティによれば、この歌の中でベッドで苦しむボウイが歌う歌詞は、自分の死を知っていた彼からのファンへのメッセージなのだそうです。

 

ボウイは自分の死を予期していた。

www.youtube.com

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見上げてみな、俺は今天国にいるぜ。
俺には傷がある、それは誰にも見えない。
俺にはドラマがある、それは誰にも奪えない。
今やみんな俺を知っている。
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年を取ったデビッド・ボウイが、死の床を思わせるベッドの中で孤独に歌い続けている。
ベッドの下には不気味な老婆がいて、彼に手を延ばそうとしていた。
体が宙に浮き、今にも昇天しそうだが必死に歌うことでそれを堪えているようだ。
そして縞模様の服を着たもう一人のボウイがクローゼットの中から現れ、歌いだす。
彼は時間が無いのかとても焦っていて、何かを思いついてはそれを必死に書き留めている。机の下にはさっきの老婆の姿が。
ベッドの中にいるボウイは何かに抵抗するように起き上がって熱唱する。縞模様の服を着たボウイも必死に書き留めるのをやめない。
やがてボウイは力尽きたようにベッドの上に倒れ、縞模様の方はクローゼットの中に再び戻っていった。

 

暗くどんよりして、孤独感が漂うPVですが、見てると色々な意味が込められていることが分かります。

 今回はPVの中の映像を細かく考察してみたいと思います。

 

 

 ベッドの下にいる老婆。

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ボウイに手を伸ばす謎の女。


恐らくこれは死神でしょう。

なぜ老婆の姿をしているのかは不明ですが、よくホラー映画では「死」が老婆の姿を借りて出てくるシーンをよく目にします。
例えば『シャイニング』、『イットフォローズ』でも老婆の姿をした幽霊や怪物が出てきました。

シャイニング [Blu-ray]

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イット・フォローズ [Blu-ray]

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PVの中で老婆はベッドの下にいたり、机の下にいたり、ボウイに憑り付いているように見えます。
彼女がベッドの下から手を延ばすとボウイが一瞬宙に浮いて昇天しかけますが、彼が歌いだすと再び体がベッドに戻ります。
そのことからも彼が既に死を悟っていたこと、そして「死」と必死に戦っていたことが分かります。

しかしなぜ老婆なのか?

誰か死と老婆の関係で知っている人がいたらコメント欄で教えてくれると助かります。

 

 

縞模様の服の意味。

ボウイが着ている縞模様の服、これは恐らくですが、囚人服をイメージしているのだと思います。

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囚人 男女兼用 コスプレ 3点セット ( 囚人服 帽子 手錠)

 

なぜボウイが 囚人服を着ているかというと、それは恐らく囚人服などに用いられる縞模様が古来から異端者などを表す悪魔の印とされてきたからです。

縞模様が異端的、悪魔的とされた背景には旧約聖書レヴ記19章19節にある記述、

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二種の糸で織った服を身に着けてはならない。

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という文章にその原点があるとされています。

キリスト教の文化圏、欧米では神の教えに従わない者たちや異教徒、奴隷などに縞模様の服を着せる傾向がありました。
しかし近代に入り、次第に時代が変化すると縞模様は反骨、革命などを表す模様として使われるようになっていきます。
独立戦争後に作られたアメリカ国旗に縞模様が用いられ、フランス革命後のフランス国旗にも三色のストライプが用いられました。

 フランスの中世研究家で色彩学、紋章学に詳しいミシェル・パストロウの著作、縞模様の歴史―悪魔の布 (白水uブックス)にはそのあたりの詳しい記述が乗っています、

 

縞模様の歴史―悪魔の布 (白水uブックス)

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  • 作者: ミシェルパストゥロー,Michel Pastoureau,松村剛,松村恵理
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1970年代にデヴィッド・ボウイは「自分はバイ・セクシャルである」とカミングアウトし、さらに女装を前面に押し出した奇抜な衣装よる過激なパフォーマンスを行います。 まだ同性愛に厳しく、性的に非常に厳格だった欧米ではこれが大きな論議を巻き起こしました。

世界を売った男<2015リマスター>

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その他にも「俺は良いヒトラーになれた」「ロックは悪魔の音楽だ」などに代表される数々の過激発言や、言うに及ばないボウイの活動はまさに「異端者」のソレで、彼自身も自覚した上での意図したものでした。

そんな彼が縞模様の服を着るというのは、まさに彼自身が「俺は異端者である」「死ぬまでずっと異端者だ」という宣言をしているのだと考えていいでしょう。

こういった行動や発言を眺めていると、芸術家が芸術を生み出すには世間の価値観とは遠く離れて、孤独になっても「異端」であり続けなくてはならないのか?と考えてしまいます。

ちなみにボウイに大きな影響を受けたレディーガガが「囚人ファッション」として縞模様の服を着ている映像がこちら。

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クローゼットに入ることの意味。

 

 

 「僕はいつもクローゼットの異性愛者だったと思う。」

 

 

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サウスパーク シーズン9 12話「クローゼット騒動」より
クローゼットの中に隠れようとするトム・クルーズ。
サウスパークではやたらとトムのゲイ疑惑をいじっていた。

 

 PVの中では最初に縞模様の服を着たボウイがクローゼットの中から姿を現し、最後に再びクローゼットの中に戻って、戸を閉めてしまいます。
これは一体どういう意味なのでしょうか。
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アメリカでは同性愛者であることを隠して生活するゲイ達は「クローゼットの中にいる」という風に揶揄されてきました。
本当の自分を隠し非難を恐れて窮屈な生活を送っていることがクローゼットに隠れているみたいでそう呼ばれているようです。

「カミングアウト」という言葉は、ゲイが同性愛者であることを告白することを「クローゼットから外に出てくる」ことに引っ掛けて生まれた言葉です。

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 1960~1970年代はそれまで差別されていたゲイの人たちが自分たちの権利を求めて立ち上がった時代でもありました。
ゲイ解放運動は当時のベトナム反戦運動や黒人解放運動と結びつき、カウンターカルチャーの一つとして大きく盛り上がります。

 

1972年デヴィッドボウイは突如自分がゲイであることをカミングアウトします。
そして1976年にはさらに踏み込んでバイ・セクシャルであることを公言。

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「本当だよ。僕はバイセクシャルなんだ。その事実をうまく利用したことは否めない。それは今までに起こったなかで一番最高のことだったよ。楽しいことでもあるし

                ローリングストーン誌  1976年のインタビュー
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ボウイは1970年にメアリー・アンジェラ・バーネット(アンジ―)と結婚していました。
しかし二人ともバイセクシャルで、互いが誰と寝ようが気にせずお互い自由な性生活を送っていたようです。
ボウイは友達のミック・ジャガーとその奥さんの両方と関係を持ち、ミックもボウイ夫妻の両方と関係を持っていました。

しかし93年になるとデヴィッド・ボウイは「バイではなかった」とそれまでの発言を翻します。

 

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「僕はいつもクローゼットの異性愛者だったと思う。
僕は自分がバイセクシャルだと感じたことはない。僕はいつも自分が行動を起こしていて、男性と何かをためそうとする時に僕はイギーというキャラを本当の血と肉と筋肉の伴ったものにしたかったし、そのためにジギーを見つけて自分が彼になることが必要だったのだ。
皮肉なのは、僕はゲイではなかったということだ。肉体的にそうではなかった。楽しめるものではなかった。自分で自分を試すようなものだった。全然心地よくはなかった。しかしやらなければいけなかったんだ」
                 

                       デヴィッド・ボウイ
               1993年 ローリングストーン誌のインタビューより

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そんな発言をした彼が『Larazus』のPVの中でクローゼットの中に戻っていくのはどんな意味があるのでしょうか?

ひょっとしたら彼のセクシャリティとは関係なく、「クローゼットの中にいる窮屈な状態」とは長年「ジギー」などの別人を演じ続けて本当の自分自身をほとんど表に出さなかったことを表現しているのかもしれません。

 いずれにしても彼が演じ続けた「別人」と「素の自分」との間で、どちらが本当の自分なのかと葛藤していたことは確かだと思います。

 

ボウイとヒエロニムス

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PVの最後辺りでボウイが何か考えに耽りながら急いでいる様子で何かを紙に書いています。机の上にはなぜか頭蓋骨が置いてあり、その前でボウイは必死に何かを書き続けています。

 これは恐らくは4世紀の聖人ヒエロニムスを描いた絵画が元になっていると思われます。

 

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カラバッジョ作 『執筆する聖ヒエロニムス』。
髑髏が不気味な存在感を放っている。 個人的にカラバッジョで一番好きな絵。

 

聖ヒエロニムスは4世紀ごろに活躍した四大ラテン教父の一人とされている聖人です。

彼のもっとも有名な功績は、当時ヘブライ語とギリシャ語で書かれていた聖書をラテン語に翻訳したことです。
当時はキリスト教がローマの国教になった頃だったので、聖書がローマの一般市民にも読めるようにしたのは大変重要なことですた。

彼はたいへん厳格なキリスト教徒で、隠修士(孤独な生活の中で神と全人類に全てを捧げる修行をする人)としてシリアの砂漠で 苦しい禁欲生活を送り、そこでヘブライ語を学びました。

彼はダヴィンチ、カラヴァッジオ、デューラーなど、度々絵のモチーフにされましたがその中でよく描かれるのは砂漠での修行時代に一人荒野をさまよう姿と、後年ベツレヘムに住んでからの書斎で一人聖書を翻訳している姿です。

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デューラー作『書斎の聖ヒエロニムス』。左側をよく見るとやっぱり骸骨が置いてある。

 

 そして重要なのは、書斎で聖書を翻訳するヒエロニムスの絵にはよく骸骨がセットで描かれているということです。

これには中世の苦しい時代によく使われた「メメント・モリ」という格言が関係しています。
「メメント・モリ」とはラテン語で「死を想え」の意味。
元々は古代ローマで「明日人はどうなるのかわからない」「だから今を楽しめ」といった意味合いがありました。しかし中世になるとこれは違う意味になっていきます。
14~15世紀頃のヨーロッパは教会の分裂、百年戦争、黒死病によって絶望的な状況にありました。
宗教界の堕落、戦争による大量死と社会の混乱は、疫病(黒死病)の流行が神の天罰であると人々に思わせるのに十分でした。
その中でメメント・モリは「身分、性別に関係なく人はいつか必ず死ぬ、だからこそ人は奢ることなく、今この時を真剣に生きなくてはならない」といった意味で使われるようになっていきます。

この考えに基づいて書かれたのが『死の舞踏』(ダンス・マカーブル)に代表される骸骨が生者と踊っている姿を描いた中世の絵画群です。

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ミヒャエル・ヴォルムゲート作 『死の舞踏』


この時代、髑髏や骸骨は人間にやがてやって来る「死」を表現し、生者の移し鏡として絵画の題材になりました。

『死の舞踏』はいかなる人も終わりである死を常に自覚し、堕落せずに最後まで生きるべきたということを啓蒙する教訓的な意味を持つ絵として描かれたのです。

(そしてそこには宗教的な考えも反映されています。
キリスト教の世界観では人が死ぬと煉獄に堕ち、そこで最後の審判を待ち続けると信じられています。その際に現世でどれだけ正しい生き方をしていたかで天国に行けるかどうかが決まります。)

 

 信仰のみを糧に孤独に生きるヒエロニムスが年老いて、着々と迫る死(手前に置かれた骸骨)を前に一心不乱に聖書の翻訳を取り組んでいるという絵画にはこのメメント・モリの思想が盛り込まれていているのです。

 

晩年ガンに侵され、死に追いかけられる中で作曲を続けたボウイは、そんな自分とヒエロニムスの人生とを重ねたのだと思います。

 

 

限りある人生を全て芸術に捧げた

 

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『Lazarus』のPVの中で老婆の姿をした『死』が自分に手を伸ばしてきても必死に歌い続けることでそれに耐え、目の前に迫る死(骸骨)を前にボウイは、(おそらくは)歌の歌詞を必死に書き留めています。

ボウイは晩年ガンに侵され、18か月の闘病の末に亡くなりました。
70年代革命的なアーティストとしてデビューしたボウイは個性的な曲を次々発表し、80年代末から90年代にかけて低迷しますが、次第に人気を取り戻し最後は自分自身の死をテーマにした『ブラックスター』を遺作にこの世を去りました。

その間にドラッグ中毒や精神病への恐怖、そしてステージ上で被る仮面と本当の自分との間で起きる葛藤など様々な苦悩があったはずです。
そこにガンによる「避けられない死」が迫ってきた時、ボウイはそこで全く新しい挑戦的なアルバムを発表する選択をしたのです。

この『Lazarus』のPVに描かれた世界はまさに彼の当時の心境そのものなのでしょう。それはまさに孤独の中で人生の全てを自らの信仰と聖書の翻訳に捧げたヒエロニムスと同じものであり、己の芸術に人生の全てを捧げてこの世を去った数々の芸術家達と同じものだと思うのです。

 

PVの中でボウイはクローゼットの中から現れ、最後に再びクローゼットの中に戻っていきます。
ひょっとしたらこれは芸術に全てを捧げつくした後、自らがかぶり続けた仮面を外してようやく本当の自分(自分だけの世界)に戻ることができた・・・という意味も込められているのかもしれません。

 

自由になる

あの鳥みたいに

自由になるのさ

俺らしいだろ?

 

アラジン・セイン<2013リマスター>

 

 

 

 

★(ブラックスター)

★(ブラックスター)

 

 

ジギー・スターダスト

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