読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

不死身の漢!

このサイトは私ことジョンが映画、アニメ、ゲームの批評、解説をするサイトです。

『聲の形』 感想 見た後もずっと幸福感が続く、夢のような物語。

アニメ

今日『聲の形』を見てきた。

f:id:nightstalker0318:20161006212113p:plain

 

見終わってからも、ずっと幸福感が続く、そんな映画だった。

2時間ずっと夢の中にいるようだった。それは序盤のいじめのシーンのような悪夢もあれば、現実とは思えないほど心地の良い光景もあった。

ザ・フーの『My Generation』をバックに、小気味の良い編集でセンスの良い映像が流れていく非凡なOPから「何かこのアニメ凄そう」と心はグッと引き込まれていく。


 重たい話かとも思ったが、全くそんなことなかった。全編が笑いと、ちょっと暗くなるシーンと幸せなシーンの連続だ。
特に面白キャラとして出てくる永束のサイドキックぶりはこの作品にとって欠かせない存在となっている。このキャラがいなければおそらく本作はもっと暗い内容になっただろう。もちろん彼はそれだけの存在ではなく、石田と西宮にとっての重要なメンターとなるシーンもある。

『聲の形』の美点はいくらでも上げることができる。
良いところも悪いところもある本当に魅力的なキャラクター達。萌えすぎない、けどものすごく可愛いキャラクターデザイン。海外の良質な映画に匹敵するくらいセンスの良い映像。説明台詞やナレーションを極力使わないキャラクター達の細かい仕草による静かな心理描写(これが本当に良かった。)。「恋愛」や「感動」に安易に飛びつかず、石田と西宮の心が変化していく様子を優しい目線で追っていく物語。

だが「都合がいい話」と言えば確かにそうだ。

この映画で描かれるような出来事の実際の当事者たちは20年でも30年でも苦しむのがザラだ。しかしこのアニメの中では、最後全員がこの上なく幸せになって終わる。心の憎しみも消える。実際には全員の心から憎しみが消えるということは殆どないだろう。
障害者と苛めといった深刻な問題に萌え的なキャラ要素を入れていることも確かだ。京都アニメーションが過去に出した『ハルヒ』『けいおん!』といった萌え作品の延長線上にあることも確かだ。

しかし、現実の人間から見たくない汚い部分を取り除いて、鑑賞者にとって心地のいいキャラに仕立て上げるのが「萌え」だとしたら、本作の萌えキャラ達には明らかに汚い部分が、それも学校でのいじめや嫉妬、教室で笑いものにされる側やする側という本当に見ててつらい部分が描かれている。
本作はキャラクターの可愛さと人間的なリアルさが非常にうまいバランスで共存しているように思う。全てのキャラクターが人間のリアルさをある程度保ちながら、萌え的な可愛さも失ってはいない。
「人間としてのリアルさ」とは、他人のことも自分のことも本当の気持ちがわからないまま人を傷つけたり、人を遠ざけてしまったり、そのことの罪悪感に潰されそうになったり、そのことが自分でもわからず言葉にすることができなかったり・・・といったことではないだろうか。本作で山田尚子監督はそのことに真摯に向き合っているように思える。それは説明台詞、ナレーションを極力少なくして映像の力によって語ろうとする演出からも読み取れる。
人としての嫌な部分を真摯に描きながらも、あまりリアルにしすぎず、見ている側に心地の良い部分を与える。
「萌え」の正しい形とはこういうものではないだろうか。

僕自身の話だが、子供のころ学校では苛めを受けて苛めっ子を憎み、その後社会で失敗して「ダメな自分は苛められて当然の人間だったのではないか、いや、あんなことされるいわれはなかった」とさんざん悩んでノイローゼになり、10年以上たった今では怒りは消えて「苛めっ子たちの心の中はどうなっていたんだろう」と気になっている。

そんな僕にとって、これほど多幸感を感じる作品は本当に久しぶりだった。

ああ、本当に幸せな2時間だった。

 

おすすめの批評⇩

この方のサイトはゲームの批評もアニメの批評も本当に参考になる

 

追記
ただ不満が無いわけではない。
本作はざっくり言えば「人とのコミュニケーションがいかに難しいか」がテーマとなっている。石田と西宮の間、そしてその他のキャラクターの間には深い溝があり、互いの心の中が見えず、どう話したらいいかもどう距離を取れば良いかもわからない。それがキャラクター達の「痛み」となっている。なので全編に渡って登場人物たちは自分たちが心の中で考えていることを「私は今、〇〇ということを考えている」なんて台詞で説明することはない。
ない・・・はずだが都合上、何度か石田が自分の心の中をナレーションで説明するシーンがある。しかし贅沢かもしれないが、やはりここまで来たらナレーションによる説明を全部取ってほしかった。
特に石田の子供時代がナレーションを使わない見事な回想シーンで語られた後に、現在の石田の登場と共に説明的なナレーションに繋がるのはノイズになった。せっかくここまでわざとらしい説明なしで来たのに、と思った。(この後石田がナレで「俺はいつしか人の顔に✖マークが見えるようになった、それは俺が他人と向き合えなくなったことを意味していた」などという説明すぎるセリフが入るのではないかと思ったがさすがにそれはなかった)

中盤、二人がデートに出かけるシーンで西宮が「私といると不幸になる」という告白を手話によって行うが、その内容も、石田がそれを聞いてどう感じたかも石田自身によるナレーションで後に説明される。しかしここはいっそのこと手話に被せて字幕を出したほうが説明的にならず良かったかもしれない。石田にとっては内面が見えない西宮自身の顔に被せて台詞として見せたほうが、彼女がその後にとる衝撃的な行動に向けてより効果的に感情に訴えるシーンになったように思う。やはり説明台詞、ナレーション、又は演説のような台詞の多用はせっかくのキャラクターの心情を安っぽくしてしまう。しかしそれでも本作は、他に比べて相当頑張っているのがわかる。制約の多いアニメの中でも台詞を多用せずに心情を表現できる演出力が山田監督には十分にあると思うので次回作ではそこを期待したい。

(そもそも映像作品は説明的な台詞が少ないほうが出来が良いとされる。わざとらしい台詞に頼るより映像の力で見せるほうが映像的には偉いというわけだが、しかしアニメにおいては予算の都合上キャラを動かせないので台詞を入れることで絵の動きごまかすのが普通だ。しかし現在はアニメの技術も進み、必ずしもそうとは言えなくなってきている。アニメーターや演出の人には何とか頑張ってほしいところだ。)

ちなみに説明台詞も演説も説教もナレーションも押井守的な長台詞さえほとんどない、傑作アニメで例えばコレ⇩

WXIII 機動警察パトレイバー/ PATLABOR WXIII

WXIII 機動警察パトレイバー [Blu-ray]

WXIII 機動警察パトレイバー [Blu-ray]