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不死身の漢!

このサイトは私ことジョンが映画、アニメ、ゲームの批評、解説をするサイトです。

こんな『シン・ゴジラ』は嫌だっ!

その他

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『シン・ゴジラ』の公開が7月29日、残り10日に迫っています。

なので公開までが待ちきれないのですが、同時に「本当に大丈夫なのか?」という不安もあります。

予告編を見て期待が膨らむ分ネガティブな想像も色々膨らんでしまいます。(監督が樋口真嗣さんという部分も少し不安なのですが・・・)

 

なので

 

こんな『シン・ゴジラ』は嫌だっ!

 

その① 映画の8割が長台詞と議論(しかもクドイ)

今、僕が一番心配しているのがこのパターン。

・ゴジラがほとんど暴れず、街も全然破壊せずに(もしくは破壊するところが写らず)完全に棒立ち状態。

・政府の閣僚たちがモニターに映るゴジラを背景に「ゴジラとは何なのか?」という哲学的命題で延々と議論しまくる(しかも長い)。

・長谷川博己がいつものエキセントリックな演技で「ゴジラは俺たちの心の中にいるんだ」的な、言ってみました的なミレニアム台詞を言う場面が最大の見せ場。(ついでに長い説教シーンあり)

その他7割のシーンがキャラクターの「ゴジラ」、「天災」、「核」についてのやたら長々しい勿体ぶった台詞と議論で構成される。

・最後にちょっとだけ戦闘シーンがある。

・映画公開後のインタビューで庵野秀明に、

「ゴジラを様々な災害の「象徴」として描こうと思いました。あくまで「象徴」ですからあまり画面に出したくなかったんです。重要なのはゴジラが暴れることではなく、「ゴジラとは何か」ということを人々が真剣に考えることなんです」

とかいう説得力があるような無いようなことを言われてしまい、なんだかよくわからないままモヤモヤした気持ちでお客さんは数か月を過ごす。

 

 

その②:テーマは「日本を取り戻す!」 安倍政権&自民党万歳映画。

・ゴジラへの対応で政権与党の民主党(のような政党)が無能を晒し、鼻水を垂れ流して慌てふためく中、自衛隊員たちがゴジラ相手に勇敢に戦おうとする! 
(民主党員は全員ブサイクをキャスティング。ヒステリックな演技をさせると完璧)
しかし憲法9条が足かせとなり、さらに民主党政権とプロ市民たち(シールズ)の妨害により、自衛隊員たちがバタバタと死んでいく。この部分は感傷的な音楽でやたら悲劇的に演出するのがポイントだ!

さらに國村準が死んでいく自衛官を見ながら「今の憲法があるから・・・」などという台詞を悔しそうに言えばポイントが高い。

・そんな中、中国が無理やり作品に登場
ゴジラが日本で暴れているのを好機とし、尖閣諸島と沖縄と、ついでに日本本土も占領しようと画策する!(何かそんな漫画があった気がする)
物語の後半では対ゴジラよりも対中国軍のほうがメインになる。
中国軍登場は予算的に難しいがニュース映像かなんかのフッテージにナレーションでも付けとけば大丈夫だ!

・そんな中、愛国者政党である自民党(のような政党)(ちなみに全員イケメン、もしくは渋い熟年をキャスティング)はHP上に設置した密告調査フォームによって国内で学校教師たちによる反日活動が活発化しているとの情報を掴んでいた。なんと民主党と日教組はゴジラによる混乱に乗じ、中国・韓国と手を組み日本の学校教育から政治的中立性を奪う計画に加担していたのだ!
http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/09/ldp-education-investigation_n_10902078.html
民主党政権が日本を中韓に売り渡そうと画策する中、自民党の若手議員、長谷川博己がさっそうと登場する。(モデルは安倍晋三)
長谷川は中国の手先となった民主党議員たちとプロ市民たち(シールズ)の数々の妨害を受けながら、ゴジラと中国軍に果敢に立ち向かう。

迫りくるゴジラと中国と左翼の脅威! いよいよ美しい国、日本は沈んでしまうのか? 

そんな時、百田直樹(特別出演)がなんと本人役で登場。

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「ゴジラと売国サヨク達に負けてはならなぬ、この国を取り戻せるのはお前だけだ!」と長谷川博己を叱責! 
一念発起で長谷川は最後の対ゴジラ、対中国作戦に挑む。

・なんとか中国軍の脅威を振り払い、日本に平和が戻る。
海へと去っていくゴジラ。その後姿を見ながら長谷川博己が
「ゴジラは誇りを失った我々日本人達を罰するために来たのかもしれない・・・」
こじつけ、一人呟く。
その隣で百田直樹が「反日左翼と憲法9条があるかぎり再びゴジラは日本に現れるだろう・・・」と志村喬風に呟く。
結局、百田直樹が何者だったのか全くわからないまま映画は幕を閉じる。

これで次回作からは政府の全面協力が得られるうえ、これだけのクソ映画でもネトウヨ達がネットで擁護してくれるから炎上対策はバッチリ。

あとはスタッフロールで「製作協力 日本会議・東京都本部のみなさん」と出れば完璧。

 

その③:未来人と超能力者登場。

・ゴジラへの対応に困った長谷川博己と日本政府は嫌々ながら「Gフォース」とかいう組織を仕方なく結成する。

そんな中突如、東京上空にアダムスキー型の円盤が襲来。しかし中に乗っていたのは(何故か)未来人とターミネーターのパクリロボだった。
「我々は25世紀からの使者です。この時代に東京を破壊するゴジラを阻止するためにきました」
しかし彼らの本当の目的は、未来に超大国となる日本を弱体化させるためキングキドラを復活させることにあったのだ。

最悪な平成シリーズのコピペ展開という悪夢の事態に日本政府は窮地に立たされる。
しかしそこで懐かしの超能力少女、三枝未希が登場する!

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もちろん演じるのは小高恵美。むりやり「少女」で押し通すか、CGで平成シリーズの顔を張り付けるのか、とにかく超能力「少女」として登場する。
未希はいつもの無理やりなサイキックパワーでゴジラを誘導、未来人と戦わせて勝利を収める。

完。

ちなみに最初に見た『ゴジラ』はコレでした。おかげで「あぁ、ゴジラってこういう映画なんだ」って先入観でしばらく馬鹿にしてましたよ・・・いや、嫌いではないんですが・・・。

 

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その④:「逃げちゃだめだ」(庵野秀明風『ゴジラ』)

しばらく疎遠になっていた父から突然対ゴジラ組織Gフォースに呼び出された長谷川博己。
だがそこで待っていたのは汎用ゴジラ型決戦兵器メカゴジラ初号機(機竜)と、Gフォース長官となった父、國村準の残酷な言葉だった。

長谷川「じゃあ、僕にこれに乗ってさっきの(ゴジラ)と戦えっていうの!?」

國村「そうだ」

(中略)

國村「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ!」

釈由美子(!?)「乗りなさい」

長谷川「やだよ! せっかく来たのに・・・こんなの無いよ!」

國村「未希を起こせ

担架に乗って運ばれてくる包帯姿の三枝未希小高恵美)。

長谷川「やっぱり僕はいらない人間なんだ・・・・」

って書いててアホらしくなってきたんでやめます。

ていうかこういうネタはまだ内容が全然わからない何か月も前にやらないと意味ないですね、すみません、ハイッ。

 

色々書きましたが(後半は冗談ですが)②の「誇りある日本を取り戻せ」路線は結構ありうるかもしれない。
ゴジラは反戦反核が本来の形ですが、かつて『ゴジラ対メカゴジラ』(2002)が手塚昌明監督で保守的な方向になったこともありました。

軍隊、戦争など非常に政治性が強い内容や、ゴジラの宗教的、神話的な意味づけなどを考えると「保守的なもの」とも実は相性が良いのです。

ゴジラを「外的脅威」として表現し、それに立ち向かう「日本人の雄姿」を描くことも『ゴジラ』では可能なのです。

でもとにかく一番心配なのは①のパターンですね。

予告編から見るに非常にシリアスな雰囲気の作品になると予測できます。
登場人物のほとんどが政府関係者のようで、彼らがゴジラという国難とどう対峙していくかが物語の焦点になるのでしょう。
予告編のなかでは対策室の映像などが映っていますがどうみても3.11を意識しているようです。

こちらの最速レビューを見てみる限り、「国防」という問題にも触れているのかもしれません。

しかしそうなってくると重苦しい政治問題を扱うことになるので、当然「重い」話になるかもしれません。

すると悪い記憶を思い出してしまいます。

『バットマンVSスーパーマン』です。

アメリカの自警主義、9.11以降、移民問題、ヒーローとは何か、など重たいテーマを組み込んでいった結果、話が重くなりすぎて退屈な作品になってしまいました。

ヒーロー同士がガンガン戦う面白さを期待していたのに、実際に見せられたのはバットマンやスーパーマンが大真面目に「ヒーローとは何か?」を哲学的に議論し続けるという(それも2時間!!) 恐ろしい内容。

真剣なテーマなのはわかるけどさすがにやりすぎ!

ところでヒーローもの、怪獣もの、ロボットもの、美少女ものといったオタク的ジャンル作品で「哲学的な長台詞でキャラクター同士が延々と議論する」というのは元々日本のお家芸。それは今のラノベ原作深夜アニメで多用されているやたら勿体ぶった長台詞からもわかります。
(もともと『ガンダム』で冨野由悠季さんが始めたことだと僕は考えていますが、それが押井さん、庵野さんへと引き継がれ、今のラノベ深夜アニメに引き継がれたと思われます。)

ヒーロー、怪獣、ロボット、美少女といった少・青年向けの娯楽ジャンルで登場人物たちにやたらと哲学・社会的で高尚な議論をさせようとするのは、作り手が「幼稚な作品にはしたくない」と考えているからですが、やりすぎるあまりお客さんを完全に置いてきぼりにしがちです。

神山健二というアニメ監督がいますが、日本では彼が現在その筆頭だといえます。(『009:recyborg』とかね!)

こういった社会的、哲学的、文学的な議論をジャンル作品のなかに取りいれるなら、かなり慎重に行う必要があるのだと思います。
上手くやると初代『ゴジラ』級、『ダークナイト』級の作品になりますが、下手にやるとただバカバカしくなるか、ただの中二病的な作品になるかのどちらかにになってしまいます。

しかし、「だったら社会的テーマも哲学的テーマもいらねーや!」とそういった要素を全部取ってしまうと、ただ薄っぺらいだけの作品になってしまうので難しい問題だと言えます。 

とにかくあと10日、期待8割、不安2割な感じで公開を待ちたいと思います。